「太陽が死んだ日」 閻連科 YAN LIANKE               わけの分からない面白さ

不思議な本を読みました。
ホラー小説を読みたいと思い数冊買ったなかの1冊でした。
真夏の夜に村中の人間が夢遊病にかかり殺戮しあうというストーリーです。

主人公は14才の少年、李念念。「おいらバカだから・・・」と自ら言い、村人からも「バカ念念」って呼ばれています。
だけど素直に物事を見ていて、本人は無自覚ですが賢い子どもです。

両親は葬儀用品の店を経営し、花輪や死装束や紙の束などの副葬品を作りながら売っています。
両親とも真面目に働き、死人が出ると暮らしは良くなるけど、決して喜んだりせず「なんてこった。なんてこった。」というだけです。
そんな両親を念念は尊敬しています。

また、父親と念念は母親の兄である『おじさん』が責任者を務める火葬場の手伝いもしています。

元々村では土葬していたのを当局が近代化に伴い法律を変えて火葬に改めさせてさせ、密告を奨励しました。そして火葬場の場長であるおじさんが死人を焼いて出る屍油を何にでも使える油として横流ししていたのです。念念の父親は屍油の横流しが嫌で、それを買い取り桶に入れて月に数回、山奥の洞窟まで運び何年も隠していたのでした。

念念の目を通して両親や隣人や鎮の人々が、集団夢遊病という非常事態にどんな行為があったかが描かれています。

まず文体が不思議で延々と続く詩のようです。改行もなく短い言葉が何度も繰り返します。

母親が夢遊病になり店の中で倒れた時の大通りの様子を、このように表現しています。

 ひどく静かで、死のようであった。
 死のように、ひどく静かであった。

鎮のすべての街灯が消えて辺りが真っ暗になったシーンでは、こうです。

 夜は泥棒と匪賊に好都合な夜になった。
 鎮は泥棒と匪賊に好都合な夜になった。

句読点がない文章が2ページ続き、これは何か新しい文体の実験かと思いました。

比喩がとんでもなく面白いです。例えば、父親が夢遊になった顔を『父さんの表情は木の板かレンガそっくりだった』と念念は思います。
これ以外にも顔がセメントの様だったとかドアノブの様だとか、いくつも続きます。

夢遊病になると人の本性が現れるのか、それぞれが勝手な事をし出し、ある者は強盗を働き、ある者は肉欲に走ります。行き着く先は殺人です。


夢遊病の中で戦いが始まります。作中ではこう表現されたいます。「明朝に帰るんだ。太平天国をやるんだ。」
『やってきたのは未来と過去の時間と歴史だった。』
白いタオルを腕に巻いた集団と頭に黄色の布を巻いた集団です。これは何かの比喩かと思い検索してみましたが分かりません。
太平天国の乱もウィキペディアを読んだけどよく理解できませんでした。理解不足すみません。

この本の作者「閻連科」が念念の親しい隣人の作家として登場します。念念は閻おじさんと呼び、実際に発行されている本を読み感想を「好きじゃないけどひきつけられる」などと述べています。
閻連科は念念に、「私の本は面白いか」「どの本が好きか」と尋ねたり、最近は本が書けなくなったみたいでぶくぶく太り頭は薄くなった…などと自分を描いています。
何度も長々と本人が登場します。

夜が明ければこの騒動は終わると念念達は思っていましたが、なんと朝6時のラジオの天気予報が『今日は朝が来ない』と告げるのです。
これこそホラーです。
『一部地域で暑さと季節性の過度な疲労のため百年に一度の集団夢遊事件が発生し、政府機関は多くの人員を各県郷鎮に派遣する。
地形の関係から気流によって空が厚い雲に覆われ日蝕と同じような現象となり昼間も暗い。』と放送するのです。

念念の父親は太陽が昇ればみんな目が覚め夢遊病が治まり、この争いは終結すると考えます。
父親は決してヒーローなんかでは無く、散々夢遊病患者から暴力を振るわれる小市民ですが、数十人の協力者をようやく得て洞窟の中に隠していた屍油を山の東の山の頂きに運び火を付けます。
そして自分の命と引き換えに東の空が太陽のように明るくなり人々は夢遊病から目覚めます。

協力者の中には作家の閻連科もおり、父親は火の中で「太陽がでたぞ。俺はいい人だったと書いてくれよな。」と言い残します。作者登場はそのための前振りだったのでしょうか。
実は父親には秘密があります。火葬せず土葬した家を政府に密告してお金を得た事があり、それをずっと悔やんでいたのです。その罪滅ぼしで命と引き換えたのです。

念念の住む鎮では539名が死にました。この事件は三日後に市の新聞の二面右下の地元の不思議面白記事のコーナーに「我が市の山間部の狭い範囲で夢遊現象」というタイトルで320字位の記事として出ます。
奇想天外な話しだけど小さく地元の新聞に載るという、ここだけほんの少しリアリティがあります。

あとがきを読みますと、中国の現代小説は寓話的な物が多く、この本も巨大な風刺になっているそうです。主題が抗日ならいいですが、それ以外だと捕まる可能性がありますからね。

中国の現代小説は「ワイルド・スワン」という本を読んだことがありますが、全く知りません。
機会があったら他の作品も読んでみたいです。

とにかく奇想天外な話しで圧倒されました。

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