桐野夏生「オパールの炎」 中ピ連 榎美沙子がモデル 早すぎたフェミニスト

2003年「グロテスク」を読んで以来、桐野夏生先生のファンです。今回も本屋でぶらぶらしていたら、桐野先生の本が平積みされていたので迷わず購入しました。

40才のノンフィクションライターが、「塙玲衣子」という女性の行方を捜し関係者を取材しています。
彼女は1970年代に活躍した「ピル解禁同盟」、略して「ピ解同」のリーダーでした。ピ解同は時代に先駆けてピル解禁を訴え、中絶の自由を訴えますが、ピンクのヘルメットと派手なパフォーマンスで世間からは奇異な目で見られます。

しかし、選挙に失敗し「専業主婦になる」と言って引退し、離婚後は行方知らずになります。
そんな「塙玲衣子」に関わった人々から聞いた証言を集め、本当はどんな人間だったのか、なぜ行方不明になってしまったのかを探るストーリーです。

 
これは間違いなく「中絶禁止法に反対しピル解禁を要求する女性解放連合」、略して「中ピ連」の「榎美沙子」がモデルでしょう。印を付けたピンクのヘルメットを被った姿が有名です。
奇天烈な女のイメージですが、実際は京都大学薬学部出身でロシア語も堪能なインテリ女性でした。
彼女は1970年代前半に活躍したウーマンリブ団体の代表で、1972年(昭和47年)に経口避妊薬(ピル)を認めないのは女性への抑圧と解釈し、ピルの販売自由化要求運動を行いました。
また、有志で「女を泣き寝入りさせない会」を結成し、不貞行為をした男性の勤める会社に押しかけ、派手なシュプレヒコールを繰り返し抗議活動を行いました。事前に予告はしていたようです。

海外では避妊にピルが使用されていましたが、日本では認可されていませんでした。理由は「安全性に問題がある」ということのようです。
ネットで調べてみると、『1998年7月に突如バイアグラの使用申請があり、異例なスピードで翌年認可され、程なく同年、欧米から約40年遅れて、ピルも正式認可され(でも避妊に使用している人は数%)、男性優位社会を浮き彫りにした』と書かれていました。
異例なスピードというのは、日本の男性が早く使いたかったから許可したという事でしょうか。2024年男女平等ランキング日本118位ですから、女性の避妊より勃起不全を優先したように感じます。

1972年に優生保護法で中絶を認める条文の1つに「身体的又は経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれ(第14条4項)」というのがありますが、「経済的理由」を削除しようとする改正案がありました。
それは、『母体の経済的理由による中絶を禁止し、「母体の精神又は身体の健康を著しく害するおそれ」がある場合に限る。』ということです。
中ピ連は「優生保護法改悪反対運動」を展開し、「子宮の国家管理を許すな」「産むも産まぬも女が決める」と主張し、反対を表明しました。結果、廃案になりました。

昔は障がい者の不妊手術も本人の同意なく行われていたようで、これを良しとした昔の偉い人(一部の)はなんて傲慢だったのかと驚きます。

1977年(昭和52年)、榎美沙子はその後中ピ連を母体とした政党「日本女性党」を作り、衆議院選挙で10名立候補しますが、全員落選します。
中ピ連と日本女性党は解散し、榎美沙子は「専業主婦になる」と言って一切マスコミに出なくなり、現在は消息不明になっています。

これは「塙玲衣子」と「ピ解同」に関係した13人のインタビュー集であり、これは婦人公論で連載されている設定です。
これを読み進めると塙玲衣子という人物の生い立ちが分かっていきます。

まず10人が取材に答えてくれます。以下は特に印象深かった人の話です。

当時、塙玲衣子を追いかけていた雑誌の編集長だった男は、マスコミは男のものと信じているパワハラしまくりの昭和の男で、中絶やピルに男は関係無いと言います。
実際に「塙玲衣子」を揶揄する記事を書いていた記者は、正直に「彼女が言うことは正しいと思っていたが、世に出るのが早すぎた」と語ります。
現在行方不明なのは、何者かに姿を消されたのではないかと勘ぐっています。

元同志だった女の話は、塙玲衣子を「頭の切れるアイデアマン」と称し「宗教法人まで作って、さすがに調子に乗りすぎた」と決別したそうです。
この方も薬剤師なので、ついでに語り始めます。。中絶の仕方について、「まるで罰を与えるがごとく危険な掻爬手術が主流。経口中絶薬のように安全なやり方もあるのに、この世を牛耳る男たちが、社会が、中絶をする女を罰している」と言います。


私、この話、以前違う人が言うのを記事で読んだ事あります。日本の中絶は女性に対して罰則的だって。男性医師が自分のテクニックを使いたいだけだって。それだけでは無いと思いますが。
さらに「日本の家族観は、女性を犠牲にして成り立っている」と付け加えます。これにも同意します。私の国民健康保険が世帯主である夫の名前で届くのが少しいやです。

選択的夫婦別姓制度を取り入れるべきだと思います。

選挙マニアで好きが高じて「女の党」から立候補してしまった母親を持つ息子の話です。
この母親は気の毒で仕方ありません。祖父も父も島根県選出の衆議院議員で、娘であるこの方も親の後を継いで政治家になりたかったのだとおもいます。今の政治家は世襲が多いですが、昔は女は(雰囲気で・法的には問題なし)出られませんでした。
近所では世話好きのお人好しで、目立ちたがりや、地元では選挙おばさんとして有名だったらしいです。政党を変えて何度も出馬するが全て落選します。最後に「女の党」から立候補しますが、落選します。
「政党というのはどこも同じだ。男だけの組織にすぎない」というのが口癖だったと息子が言います。

たしかに選挙マニアは存在します。私が以前勤めていた先のトップが選挙大好きで、毎回誰かの選挙の手伝いをし、私たちも手伝わされました。この本と関係ありませんが、法人内の個人データを利用して手紙を出してしまうので、毎回クレームがきました。
選挙法では個人データの取り扱いは法律の適用外です。法律違反にはならないのです。本人も県議会議員に立候補しましたが、落選しました。松下政経塾にも行こうとしたようですが、あそこは厳しいので諦めたようです。
つい、他人の話を書いてしまいましたが、選挙マニアは実存することを知ってほしかったのです。

「ピ解同」に依頼し不倫した夫を糾弾した妻の話と、糾弾された父親の息子の話です。
「不倫した夫と相手に恥をかかせてやりたかった」という妻は、その後夫と離婚し、そのことを思い出のように語ります。
別の家族ですが、父親が糾弾され家庭が崩壊し、女になった母親(息子はそう表現)を憎んだ息子は、世間にさらされることで家庭内の問題は、見世物になり父親は辞職し社会からも抹殺されたと言います。

学生結婚した医師の元夫は「本名石井数子に芸名「塙玲衣子」を考えた。女性解放運動家として女性の自立を謳っているが、実際は勤務医である自分の稼ぎで活動していた。選挙資金1700万円も自分が出した。
選挙や宗教団体を作ったのはパロディ。彼女はエリートだからピエロを演じないと世間は受け入れてくれないと考えた。」と塙の気持ちを代弁します。でもその後離婚し、新しい女性と再婚しました。「やっぱり普通の女がいい」的なことを言います。

1960年代後半から1970年代前半において、欧米では女性解放運動が起こります。
日本でもウーマン・リブと呼ばれ運動が始まりますが、男性主体のマスコミはまともに扱おうとせず、塙玲衣子は注目を集めたいが故に段々と奇抜なことをしていったのだと思います。
それについていけなくなった同志たちが離れ、夫とも離婚し、親戚からは縁を切られ、ひとりぼっちになっていったのではないでしょうか。

10人の記事が婦人公論に載ったあと、学生時代に親交のあった女性から編集部に手紙が届きます。

 
ここで本のタイトル「オパールの炎」の意味が分かります。ついつい全部書きたくなってしまいますが、書かないでおきます。

ここから予想外の展開になります。

連載記事を読んだ人から何通かの手紙が婦人公論編集部に届き、そこからだんだんと真実が見えていきます。

フィクションですが、本物の榎美沙子が行方不明のままであることを考えると、この本の「塙玲衣子」も真実なような錯覚に陥ります。

手紙の送り主の推測によると、国家的なトップに近い人のネタをつかみ、いつものように事前通告したら、企業の逆襲にあって二度と活動できないような目に遭ったのではないかということです。つまり消されたのです。
 
彼女のサポートをしていた弁護士もお酒が飲めないにもかかわらず、酔っ払って電車のホームから落ち亡くなります。

アパートの隣人は彼女から「30年目の真実」という手記を書いていると打ち明けられます。亡くなった後、大家さんに頼まれて遺品整理したけど、そのノートは見つかりませんでした。

それで亡くなった弁護士の息子さんを調べ、何か塙玲衣子に関する事が残っていないか訪ねます。

数ヶ月後、フロッピーディスクから塙玲衣子の「日記的データ」が見つかります。
そこには悩んだり反省しながら前向きに生きようとした姿がありました。この日記に全ての真実が書かれていました。ここは読みどころです。

最後に、このノンフィクションライターがなぜ「塙玲衣子」に興味を持ったか語ります。
それはこの方の母親が言った一言でした。思いがけない言葉でした。ここも秘密にしておきます。

ぜひとも多くの人に読んでほしい本です。

この本はフィクションですが、もしも塙玲衣子が本当にいたとしたら、後年、婦人解放運動家の伊藤野枝のように評価されていたかもしれません。

早すぎたフェミニストだと思います。本当の榎美沙子さんが今どうしているか、とても気になります。

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