この映画「本心」は以前から公開されたら観ようと決めていた映画でした。
監督は石井裕也さんです。ちょうど1年前に石井監督の「愛にイナズマ」を観ました。ブログにも書きましたが、理不尽な世の中に怒りまくる松岡茉優さんと少し不思議な窪田正孝さんのコンビが面白く、主人公に元気をもらった記憶があります。
ほかは「舟を編む」が面白かったし、「バンクーバーの朝日」も覚えています。宮沢りえさん主演の「月」は観たいと思いつつ見逃してしまいました。若くから活躍している才能あふれる監督さんだと思います。
今回は私の好きな俳優の田中裕子さんと池松壮亮さんが出演とあって、観ないわけがありません。今年は「ぼくのお日様」「ベイビーわるきゅーれ」に次ぐ3回目の池松さんですが、今回はずっと不安な表情を浮かべています。彼の不安げな表情に私も切なくなります。本当に上手な俳優さんだと思います。
田中裕子さんはデビュー当時から好きな俳優さんです。20019年「ひとよ」、2023年「怪物」を観ました。「ひとよ」は夫を殺し15年服役して子どもの元に帰って来る母親役で、なんて複雑な役なんだ!と思いました。タクシー運転手の制服を着たギラギラした目は忘れられません。「怪物」は小学校の校長先生役で、前半ロボットのような心の無い人間を、後半は人間味あふれる校長役と全然違う表情に引き込まれました。
そのほか妻夫木聡さん、仲野太賀さん、綾野剛さん、三吉彩花さん、少しのシーンで田中泯さんと豪華すぎませんか。
ある夏の日の教室に女子高生がひとり机にいます。誰もいませんが、男子生徒だけが彼女を見ています。一瞬太陽の光が眩しくて目をつぶりますが、目を開くと彼女はいません。そんなシーンから映画は始まります。
工場ではたらく朔也は母親秋子(田中裕子さん)から電話で「大事な話しがある」と言われます。でも彼はすぐに家に帰らず一杯飲んで豪雨の夜遅くに家に帰ります。途中豪雨の中で増水した川のそばに傘を差した母親を発見します。急いで駆け寄ろうとしますが、自動車のヘッドライトが眩しくて一瞬目をそらすと母親は消えてしまいます。傘だけが宙を舞っています。
残されたノートには「自由死」について調べたような事が書いてあり、亡くなった理由は自分の意志で死を選んだということにされてしまいます。自分の意志で死を選ぶこと「自由死」が認められている時代になっています。
朔也は母親の本当の心が知りたくて、VF(バーチャル・フィギュア)開発会社に300万円を払い、仮想空間に母親を再生させることを依頼します。開発会社は「本物以上のお母さまを作れます」と言います。本物以上って何?って思いますが、例えば生きているときより口角が上がって笑顔だったりする、そういうことのようです。
母親の残したデータを読み込んで、VFの母親は蘇りますが、生きている人間とは違います。会話によってVFの性能も上がるらしいのですが、それって本当に母親の言葉なのかなって思います。
心の中の本当のことは自分にしか分かりません。メールやラインや日記に書かれたことだけが本心ではないはず。朔也は自分の本心を母親を通して自分に確認しているようにしか見えません。
朔也は幼馴染みの友人に誘われて、「リアルアバター」の仕事を始めます。背中に四角いリュックを背負って、ゴーグルとイヤホンを装着し、遠方の依頼主の言うことをそっくり行い、依頼主はゴーグルとイヤホンでそれらの事を体験するという仕組みです。この仕事がかなり辛いのです。依頼主は傲慢で不躾です。リアルアバターたちは川ベリにたむろしています。格差社会が今より進行しています。
VFのお母さんは色々語ります。
母親の生前の若い友人彩花と出会い、相思相愛になりそうな雰囲気です。でも、朔也は本心を語りませんので、観客も朔也の気持ちがつかめません。結局、違う男性のリアルアバターとして彩花に愛の告白を行い、彩花もそれに答えてしまいます。まるでピエロのようで悲しいです。自己肯定感が低いのです。
VFの母親は彼に「生まれてきてくれてありがとう」と言います。朔也はやさしい人だから、きっといいことがありますように。そう信じて生きてほしいです。
最後に黒猫が登場します。母親は川辺に住む猫に餌をあげていたようです。豪雨の夜、傘をさして川に向かいます。次の瞬間傘だけが宙を舞い真っ暗な背景だけになってしまいます。本当は自由死なんかじゃなかったのかと思います。
母親の本心は結局よく分からず、知らなくてよかった秘密も知ってしまいます。ゴーグルをつけるとそこに存在していますが、実在はしていません。なんだかホログラムのように頼りなく、全てが不確かなように感じます。
父は私が30才のころ亡くなりました。思い出はありますが、お互い無口であまり親子らしい会話も無く、父が何を考えていたか分かりません。理解しようとしなかったことをずっと後悔しています。父のことを考えると今でも涙が出てきます。
もし現実にVFがあったら、私は父を再生するだろうか考えました。30年以上も前のことで、今のようにメールも何も無い時代なのでそれは無理な話しなのですが、父に会いたい気持ちはあります。でも、父に抱っこされた子ども時代を思い出すことができるので、何度も何度も思い出しては懐かしむことにします。
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