今から30年前の1995年平成7年3月20日、地下鉄サリン事件が起こりました。
当時勤めていた会社の上司の娘さんが通勤時に乗り合わせていて、警察か病院か忘れましたが、「着替えを持ってすぐ聖路加病院に来て下さい」と、着ている衣服は処分するとのことで、すぐに早退されました。
たくさんの方が被害に遭いました。死者14名負傷者約6300人、いまなお後遺症に苦しむ人がいます。
5月に強制捜査が行われ、カナリアを入れた鳥かごを持った捜査員が大勢の捜査員と一緒にサティアンに入っていくのをテレビで見ました。
むかし炭鉱員が地下に降りる時、有毒ガス検知のため鳥かごに入れられたカナリアを持って入ったそうです。
つねにさえずっているのですが、鳥の方が空気成分の変化に敏感なのですぐ鳴き止んでしまう。それで人間はガス発生の危険をいち早く知ることができたらしいです。
実際、炭鉱ではいくつか事故が起り、けっこうな人数が被害に遭われています。義父が福岡県の炭鉱で働いていたため、自然と関心を持つようになり、炭鉱関連の本を読んでみたりしました。
その後も、三井三池炭鉱炭じん爆発を扱ったドキュメンタリー映画を東京中野のミニシアターで観ました。観客は圧倒的にお年寄りばかり。その日はテレビのカメラが来ており、監督さんと大牟田市役所の職員さんも来ていました。
上映前に短いトークショーがあり、「炭坑節」「社宅の歌」「婦人会の歌」などを一緒に歌いました。私は炭坑節くらいしか知りませんが、皆さんどの歌も大きな声で歌っていて、この小さな映画館には炭鉱閉山後または退職後に各地へ散らばった人達がこの映画を観るため集まってきているのだと実感し、世間では誰も知らない「社宅の歌」や「婦人会の歌」を歌う様子に、嬉しい悲しいとは違うなにか分からないけど、切ない気持ちになりました。
60年前に起きた三井三池炭鉱炭じん爆発では458人が亡くなり、839人が一酸化炭素(CO)中毒患者になり、損害賠償の裁判は1998年平成10年まで続きました。
昨年のTBS日曜日のドラマ『海に眠るダイヤモンド』の舞台が長崎の端島(軍艦島)で、そこは炭鉱と生活が一緒になっている小さな島です。
やっぱり事故が起こります。坑内に入るときにはカゴに入れられたカナリアが一羽連れられていきます。
やっぱりカナリアを連れていくんだなと思いました。
この前、オウム真理教のサティアンに強制捜査が入った時の捜査員だった人の記事を新聞で読みました。
当時のこのニュース映像ははっきり覚えています。捜査員がカナリアを入れた鳥かごを持っています。1995年の時代になっても、やっぱりカナリアを連れていくのかとなんだかショックでした。用意されたカナリアに深く同情しました。
その出来事は私の心にずっと引っかかっていました。あのカナリアは無事に生還しただろうかと。
その記事によりますと、カナリアが連れていかれたのは「第7サティアン」で、警視庁捜査員や陸上自衛隊と一緒に連日内部に入ったそうです。名前は「ピーコ」と名付けられたそうですが、慣れない環境のためか過労で1ヵ月で死んでしまったそうです。当時の上九一色村の土に埋められ、2代目のカナリア「かなちゃん」がその後を引き継ぎ活躍したそうです。
ずっと気になっていたことが30年後に分かるとは思いもよりませんでした。
ようやく4ヵ月後に捜査が終了し、その捜査員の方は警視庁本部に戻ったのですが、すっかり愛着がわき、上司の許しを得て「預かる」という形で飼うことなりました。家族は餌をあげたり水浴びをさせたり可愛がったようです。でも4年後に旅立ってしまいました。
その方はサティアン捜査を一緒に戦った「戦友」だと思っているそうです。
短命だった「ピーコ」は本当に気の毒ですが、生きて家族に愛された「かなちゃん」の結末がこんないい話になっているとは。驚きと一方的に感謝です。
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