映画「あんのこと」こうなったのはコロナのせい 事実に基づいたストーリー 圧倒的河合優実!

映画

子どもの虐待はいつも起こりニュースになります。虐待を生き延びても、その先の人生まっとうできるのか、まだ問題は続くのかもしれません。
この映画は事実に基づいているそうです。
監督・脚本の入江悠さんコロナ禍で命を絶った若い女性の新聞記事に衝撃を受け、更に彼女の更生に尽力していた元刑事が他の女性に性加害を行い、逮捕されていたことも知ります。

2020年、コロナ禍 あの時は本当に大変な時期でした

コロナで有名人が死に、普通の市民も死にました。オリンピックは翌年に延期され、スマホのアプリでは「今日の感染者」が数字で表されていました。
横浜港に停泊した豪華客船はずっと留め置かれ、海外からの批判にさらされ、毎日ニュースになっていました。自粛警察が蔓延り、夜の飲み会は炎上しました。仕事を失った人、店を閉めた人も多かったと思います。
私も仕事を失ったうちのひとりです。ホテル業界で派遣の仕事をしていましたが、契約を切られてしまいました。
監督は「2020年から2021年の空気を、忘れないように記録しておきたい。でも、記事に書かれた女性について、もっと深く知りたいという動機が先にありました。」と語っています。

主演はテレビドラマ「ふてほど」で注目された河合優実さんです。彼女を知ったのはテレビドラマでしたが、多くの人が思ったように私も「なんて可愛いの」と大好きになりました。
彼女は2000年生まれの23才で、すでに映画何本もの出演経験があります。こんなにキャリアがあるとは知りませんでした。
でも、可愛いだけじゃないです。すでに実力も備わっており、演技ではなく映画の中の彼女そのものが実在しているように感じました。

あんの生い立ち

主人公の杏の生い立ちはかなり悲惨です。杏は小学校4年生から不登校になり、その後教育を受けていません。12才の時に母親の紹介相手に初めて体を売ります。14才で覚醒剤を覚え、東京の団地のゴミだらけの部屋で底辺の暮らしを続けてきました。
いつも目の下に真っ黒なクマがあります。髪の毛もパサパサしていて栄養状態が良くない気がします。体を売って得たお金は母親に渡さなければなりません。刃向かうと暴力三昧が待っています。
力では母親に負けないと思いますが、やり返さないのは、杏が優しいからと、無駄だと諦めているからと、一応自分の親だからだと思います。
母親も悲しいです。身体を売るしか仕事が無いなら公的機関を利用するべきです。生活保護の申請すれば良かったのに。そういうことを教えてくれる人は周囲にいなかったのでしょう。団地の中で孤立してこの3人家族だけで生きてきたのでしょう。

2018年秋、杏は事件に巻き込まれ、ベテラン刑事の多々羅(佐藤二郎さん)と出会います。多々羅は薬物更生者の自助グループサルベージ赤羽」を主宰していて、社会貢献もしています。
でも、風貌は下品で、歩きたばこをして吸い殻はその辺にポイ捨て。道ばたに唾を吐き捨てます。公共のマナーがとっても悪く、警察内の会議を無視し、多分周りからは良く思われていないでしょう。
しゃべり方はいつもの佐藤二郎さんですが、この映画の中ではいつものおもしろ佐藤さんじゃありません。もっと裏の顔を持っています。

多々羅は杏を更生させようと生活保護の申請に付き合い、自分が主宰する「サルベージ赤羽」にも誘います。段々と多々羅に対する信頼感が芽生えてきます。
杏は「サルベージ赤羽」に初めて出席し、雑誌の編集者桐野(稲垣吾郎さん)から声をかけられます。桐野は3年前から「サルベージ赤羽」の活動の取材を続けています。
稲垣吾郎さんは本当にかっこ良くて、いかにも編集者という出で立ちです。この方は役柄の幅が広く、悪役も嫌みな男もいい男も演じられて素敵だなといつも思います。
2020年の手塚眞監督「ばるぼら」では異常性欲の男を演じられて、セックスばかりという難役に感動したことがあります。

小さな老人ホームの仕事を得ますが、仕事は雇用契約書も無いブラック企業で正当な給与を得ることが出来ません。わずかな初任給で手帳とヨガマットを買います。
でも、このわずかに得た給料も母親に奪われてしまいます。

杏は桐島の紹介で別の老人ホームに転職し、母親から逃げて、女性の自立するための住居の高層階に入居して新たな生活を始めます。
手帳にひらがなばかりの日記をつけ、「サルベージ赤羽」でヨガをします。
秋から夜間中学にも通い、時々桐野に勉強を教わったり、今までにない幸福な日々を過ごします。

2020年1月

このまま幸せが続けばいいのに、災いは突然、「新型コロナウィルス」が飛行機や客船からやってきます。コロナの蔓延で夜間中学は休校、サルベージ赤羽も閉鎖、老人ホームは正社員以外自宅待機になります。
背中に昇り龍の刺青があるお年寄りが杏を必死に引き留めます。杏に一番なついていた入居者のお年寄りです。杏を自分の孫のように可愛がっていました。「もう一生会えない気がするんだ。俺の感は当たる。」と泣き声ですがります。

このシーンはなんだか涙が出ました。昔はワルだったのに、母が子どもの自分を置いて出ていくのを阻止するように杏にすがりつきます。杏が人から愛されていることが分かる、私の好きなシーンの1つです。
「また会える」と杏は言いますが、不幸の予感しかありません。コロナが一時的では無いことを私達は知っています。

さらなる不幸が重なります。サルベージを主宰していた多々羅が自らの立場を利用し、3人の女性に性加害をしていたというスクープ記事が雑誌に載ります。もちろん多々羅は逮捕されます。
この記事を書いたのは桐野でした。以前からずっとマークしていたのです。桐野も実在の人物をモデルにしたそうです。彼はジレンマを抱えています。多々羅の薬物中毒者を救う社会貢献は評価していますが、杏が信頼する多々羅を断罪しなくてはなりません。実際に被害に遭った女性とも面会しているからです。何も言わないのに佇まいだけで心の揺れを感じさせることができる、稲垣さんの演技がすばらしいです。
記事を読んだ杏は多々羅を信用していただけにショックは大きく何も手がつきません。

隼人登場

ある日、朝から何度もピンポンを押され、ドアを開けると隣の住人の紗良早見あかりさん)が立っています。「男とトラブった。しばらく隼人を預かってほしい。」と言うと、無理矢理小さな子どもを押しつけ走り去ります。まだおむつをしていて言葉もしゃべれない幼児で、ギャン泣きしています。
あわててドラッグストアに走り、おむつやベビーカーなど、もろもろ買います。紗良はいつまで経っても戻ってきません。幾日かして子どもはすっかり杏になつき、杏も子どもに愛情が芽生えています。
杏は一生懸命に子どもの面倒をみ、コロナ過で落ち込んでいた気持ちが次第に癒やされていきます。

ところが母親に見つかり、「ばあさんがコロナで死にそうだ」と言われて、もう実家の団地には戻らないと決めていたのに、隼人をつれたまま帰ることになります。母親と同居している祖母を杏は大好きだったからです。
実家は相変わらすのゴミ屋敷。部屋中ペットボトルやゴミが転がって足の踏み場もないところに、杏の祖母がぽつんとこたつに入ってテレビを見ています。母親は嘘をついて杏を連れ戻しました。

この家をみていると本当に辛いです。母親も夜の仕事か売春で生計を立てており、祖母は身体が不自由で何時もこたつでテレビを見ていて、寝るときもこたつかもしれません。
母親がヤンキー口調でわめき散らすのに対し、祖母はほぼしゃべらず、オロオロするだけです。

母親はさっそく杏にお金を要求します。お金が無いことを知ると暴力をふるい「今すぐ体を売って金を作ってこい。さもなくば子どもの命は無い。」と隼人を奪います。
翌朝杏が戻ると隼人がいません。母親にたずねると「うるさいから児相を呼んだ」と言います。

自分の部屋にひとり戻ると、部屋にはいつの間にか増えた隼人のおもちゃがいくつも転がっています。
もう杏には何も残っていません。絶望しか無いのです。初任給で買った手帳を台所で燃やします。手帳は、多々羅からクスリを我慢したら日付に丸をつけるようアドバイスされていました。
それから日常の細々したことも書いていました。隼人の食べられる物や食べられない物もメモしていました。日付はずっと○で囲ってありました。

ふと、窓の外を見ると、5機の飛行機が白煙を流しながら東京の空を飛んでいきます。新型コロナの対応に当たっていた医療従事者らに敬意と感謝の気持ちを示すため、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」が飛行したのです。
青空には5本の飛行機雲が残っています。このニュースを見たとき、東京は粋なはからいをするなぁと思っていました。2020年5月29日の出来事でした。

でも、杏はベランダに出て、全てを終わらせてしまいます。切ないシーンでした。まっとうに生きようと頑張っていたしていた女の子が、なぜ死ななくてはならないのか。
私は白い飛行機雲に魅せられてベランダに立ち、転落したと思いたかったです。

警察が現場検証をしていると、その場に桐島も駆けつけます。死んだと知ると呆然と崩れ落ちます。
桐島は刑務所にいる多々羅に面会し、杏が死んだのは自分のせいだと告げます。雑誌記者の自分がサルベージ赤羽の記事を書くと偽り、本当の目的は多々羅の性加害のスクープを狙っていたから。

多々羅を告発する記事を書いたせいで「サルベージ赤羽」が無くなり、杏の信頼を得ていた多々羅が逮捕されたこと、杏の居場所が1つ無くなったこと、ずっと悩んでいたのです。でも、どうしようもありません。一番悪いのは多々羅です。

後日、隼人の母親紗良が警察署を訪れています。子どもの親権を手にしたようです。「あの人に感謝している」と言います。

ピアノ曲の静かなエンディングでした。刺青のおじいさんの予言が当たってしまったことに涙が出ました。劇中、音楽も無く淡々と進み、手持ちカメラで撮影しているのか画面がゆれます。圧倒的にリアリティがあります。
どの俳優さんもすばらしく、特に河合優実さんの存在感が圧倒的でした。

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