以前読んだ「太陽が死んだ日」がとても面白かったので、本屋でこの本を発見した時すぐに買ってしまいました。
今回もとっても面白いのです。今作も前作同様に著者本人が登場します。ある一家の息子、父親、母親から打ち明け話を聞くという形です。
著者本人の閻連科(えんれんか)さんが里帰りしていたとき、青年が訪ねてきて、自分の話は面白いから買ってくれと言います。
興味を持った閻さんは、話しをするよう彼を促します。そしていつの間にか話し手は、青年からその父親、その母親に変わります。
第1章は息子の話—父親を毒殺しようと計画するが失敗
中国全体が巨大な工場のようになっていた時代。
その息子は北京で学ぶ大学生です。アメリカに留学して経営の勉強をし、お金持ちになることを夢みています。
でもお金が無いからと反対する父親が憎くて仕方がありません。
今回実家に戻ってきたのもアメリカへの留学資金を工面するためで、それは父を殺して有り金を全て奪うことが目的でした。でも、ことは計画通り進まず、町に出来た理髪店の女性と恋愛関係になってしまいます。
第2章は父親の話—新しい宅地で無意識に墓穴を掘る
町は急速に発展し、成功者が生まれ、街に転入してくる者も増えます。
次ははなぜか父親が語り始めます。政府から立ち退きにあい、あたらしい宅地で石灰を溶くために正方形の穴を掘っていたら、いつの間にか長方形の墓穴になってしまったという不思議な話しから始まります。
世間はみな金儲けして成功しているのに自分だけが貧乏だと世の中を恨んでいます。
ところが成功して工場も持っている家電屋の奥さんから、自分の愛人にならないかと話しを持ちかけられます。なんでも自分の夫が若い愛人を囲っているので腹いせのためと言います。以前から気になっていた家電屋の奥さんの誘いに大喜びしますが、家電屋の奥さんは「あなたの奥さんと離婚してほしい」と言います。
父親は自分の妻に離婚したいと告げますが拒否されます。次に考えたことは、庭に掘った墓穴の前で妻の首を絞め埋めてしまうことでした。
第3章は母親の話—息子に殺意を抱き、外国、アメリカを恨む
「私が話をする順番になりました。」と、母親が言い、第3章が始まります。
息子は実家に帰ってきてからしばらくして警察に捕まります。母親が警察に迎えにいくと署長さんから今までの生活ぶりを聞かされます。
大学に合格し親戚からもお金を借りやっとのことで送り出します。でも、現地に着くと大学は偽物で、詐欺にあっただけでした。
その後北京で犯罪グループに加わり、大学統一入試の問題を入手し売りつけたり、替え玉受験をしていたあげく、いつの間にか女性と暮らし子どもまでいました。
女性とケンカ別れをしてお金を使い果たし実家に帰って、アメリカに留学したいからお金をくれと言っていたのです。
さいわい犯罪グループの末端だったせいで罰金刑ですみましたが、母親は息子がろくでなしと知り、初めて殺意を抱きます。いっそこの場で死んでくれないか、井戸に落ちて死んでくれないかと思い続けます。
そしてこう語ります。「この町も改革解放の初期、南方と同じく外国人がやってきて、南方はすばらしい、お金が落ち葉のように降ってくると言いますが、南方でも私たちの町と同様、工場、会社、企業がつぶれていると聞きます。うちのせがれは南方に毒されたんじゃないか?外国、アメリカに毒されたのではないか、人生のしょっぱなから南方の豊かさに毒され、天国のように言われているアメリカを恨んでいます。」
中国政府では近年プロパガンダ性の強い「すばらしい中国のはなしを語る(講好中国故事)」ことがプロジェクトとして行われているそうです。それを皮肉って、あえて、「中国のはなし(中国故事)」とタイトルをつけたのではないかと「訳者あとがき」に書かれていました。
最初はつつましく暮らしていた家族がお金をめぐって、お互いを殺したいほど憎くなります。それと同時に、今までご近所だった人までが少しでも生活が上向くと、妬ましさを感じてしまいます。誰もがお金を欲しがり、お金に支配されているようです。
資本主義の国アメリカの憧れを口にしたかと思えば、アメリカ大統領のポスターを足で踏みつけグチャグチャに破ったりもします。母親は南方に飲み込まれたと言いますが、この家族は溺れたうえに波も引いてしまい、どこかの岩礁に取り残されてしまったような哀れさを感じてしまいます。訳者のあとがきには、「閻連科は中国の貧しい人々の精神構造を描いている」と書いてありました。
最近の中国のニュースでは無差別殺傷事件が続いています。そんな事も関係しているかもしれません。
第3章で町の誰かが言います。「あっという間に大きくなったが、下火になった。アメリカが貿易戦争を仕掛けてきたから、そのせいでおれの商売は振るわない。」第1章では中国全体が工場のようだと言い、第2章では町が発展していくさまを話していたのに、第3章では不景気になっていて、時間軸がおかしなことになっています。
大学生は夕暮れにやってきて話し、父親は夜更けに、母親は太陽が昇って間もない時に話し、夏のたった数日の話なのです。
第4章—家族は新しい地へ行き、裏切り者ゲームをする
3人の話しを聞いた後、閻連科さんは仕事に行かなくてはならなくなり、しばらく家を空けてしまいます。戻ってきたとき青年に謝礼を払っていないことを思い出しますが、この家族は忽然と姿を消してしまい誰も行き先を知りません。季節はまだ夏です。
著者が目を閉じると、3人の冬の夜が見えてきます。今は真夏の昼間にもかかわらず、雪の夜です。
3人は隣県の山間の伝統的な家に住んでいます。その家には電気ガス水道何も引かれていません。父親は裏切り者を決めるゲームをしようと言います。
くじ引きのようなゲームです。息子は「裏切り者」、母は「首吊りの木」、父親は「首吊り縄」でした。3人の目には涙が浮かんでいます。
この景色は閻連科さんが見えているものなので、誰の気持ちも書かれていませんし、なぜ泣いているのかも書かれていません。
そして、父親は来春に畑を耕すのに鍬が無いと言いだし、3人で雪の夜に、どこかに落ちているかもと鍬を探しに行きます。
ここでこの「中国のはなし」は終わりました。なんともいえない結末です。家族は絶望したのか、来春に畑を耕すのか分かりません。
この家族には時間というものが存在しないと最後書かれています。
だとしたら、鍬を見つけて来春の畑のことだけを考えていてほしいと、強く願いました。
著 者 : 閻連科
訳 者 : 飯塚容
発行所 : 株式会社河出書房新社
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