本「絶望名言」絶え間のない悲しみ、ただもう悲しみの連続 NHKラジオ深夜便の人気コーナーの書籍化の文庫化

最近長期お休みしている方の仕事を一時的に引き受けることになり、忙しくなりました。張り切って始めたはいいけど、うっかり体調を崩してしまいました。忙しいといっても働いているのは月に30時間から50時間を超えた程度。数年前まで週40時間プラス残業していたというのに、なんて情けないんだろう。運動も何もしていないので、体力が落ちて以前のような働き方は出来なくなりました。

胃がムカムカして、先週の土日はなにも食べられない状態でした。なんだか不安になって、急に死んでしまったらどうしよう、まだまだやり残した事がたくさんあるし、家の中散らかったままだし、等と延々考えるはめになりました。結局考えるだけで何も出来ず、考える時間があったなら家の片付けでもすれば良かったなと精神的に少し回復してブログを書きながら考えるのですが、そういう時は本当に何も出来ないので仕方ないのです。

この本はNHK「ラジオ深夜便」の「絶望名言」という1つのコーナー(2016年8月~)を書籍化したものです。私が購入したのはその文庫化したものです。
頭木弘樹さん(作家・文学紹介者)と川野一宇さん(元NHKアナウンサー)のお二人が歴史上の人物をピックアップして、その人が残した絶望的な名言をいくつも紹介してくれます。
昨秋に「365日の絶望歌詞集 明けない夜に読む」という本の感想を、私のブログに載せました。「若い時から辛い事があると悲しい歌ばかり聴いて自分を慰めてきた」と書いたのですが、「絶望名言」の頭木さんも、絶望したときには絶望の言葉の方が心にしみると書いています。そういう人は意外と多いのかもしれません。この方は大病を患い長い間入院生活を送り復活された方です。

この本に載っているのは、以下の12名です。一人ひとりの本や手紙やメモなどから、いくつもの言葉が紹介されています。

「変身」という本が有名なカフカです。チェコのプラハ出身ですが、20年位前に旅行で訪れたことがあります。夕方から夜にかけて一人で歩き回ったのですが、旧市街地はうねうねした石畳にゴシック様式の建物がなんだか迷路のようで不思議な気持ちにさせてくれる街でした。実際に道に迷ってしまい目的地に着けず、ラビリンスに迷い込んだように感じました。カフカがプラハ出身と知ると、なるほどそんな感じがすると思ってしまいました。
手紙や日記やメモがたくさん残されています。わたしが気に入ったのがこれです。

無能、あらゆる点で、しかも完璧に。(日記)

私も日々「自分はダメ人間だー」と身もだえているので、気持ちはわかります。
カフカは生前無名で生活のため役所勤めをし、死後作家として有名になった人です。完璧に無能だとは思えないですが、本人的にはそう思ったのかもしれません。

太宰治は好き嫌いが別れる作家とよくいわれていますが、私は高校生の時に「人間失格」を読み、後味の悪さにしばし呆然としました。それ以降太宰治は読んでいません。
でもこの本に気に入った名言がありました。

弱虫は、幸福をさえおそれるものです。
綿で怪我をするんです。
幸福に傷つけられる事もあるんです。
(人間失格)

小学生の高学年の時、仲良しだと思っていた同級生からいきなり「嫌い」と言われたことがトラウマとなってしまい、素直に人の好意に甘えることが出来なくなりました。
元々人見知りな性格で、あまり友人もいなくて、心の中では友だちを渇望しているのに、相手が一歩踏み込んでくると「私のような人間が」と、一歩後進してしまうのです。
高校生の時、友人としてお誘いを受けました。だけどいつもの「私のような人間が」が出てしまい、結局断ってしまいました。頭が良くて可愛くていい人だったのに。本当は友だちになりたかったのです。

もう1つ。

生きている事。生きている事。
あぁ、それは、何というやりきれない息もたえだえの大事業であろうか。
(斜陽)

太宰治は綿で怪我をするくらいだから、相当繊細だったのでしょう。
青森県五所川原市にある太宰治記念館「斜陽館」に行ったことがあります。大きなお屋敷で仏間には壁一面にもなるような大きくて美しい仏壇がありました。夏の昼下がりにあの美しい仏壇の前で、うたた寝がしたいと思いました。

どうせ生きているからには、
苦しいのは、
あたり前だと思え。
(仙人)

これは芥川龍之介の「仙人」という短編小説の中の言葉です。うんと若い頃書かれた作品らしいです。

友人に当てた手紙が紹介されています。

周囲は醜い。自己も醜い。
そしてそれを目のあたりに見て生きるのは苦しい。
(井川恭 宛)

この方も太宰治のように生きているだけで苦しいと感じる、とても繊細な人だったのでしょう。
いつも私が思っていることは、「現世は修行の場」ということです。なにか辛いことにぶち当たると、そう考えるようにしています。修行を積んで仏様から「もう修行は終わりだよ~輪廻転生もしなくて良いよ~」と早く言われたいものです。

10年位前に川崎で前世占いというものをしたことがあります。私の前世は朝ドラの「おしん」のような人生でした。貧しい家から奉公に出され、子守をしながら一生懸命働いたそうです。いつも背中におんぶ紐で赤ちゃんを背負っていて、私が現世で子どもがいないのは、その時たくさん育児をしたから神様より免除されたそうです。子育てを免除されていたとは知りませんでした。30年前の妊活の時間とお金を返してくださーい!

シェークスピアは絶望名言の宝庫です。イギリスの有名な戯曲家、詩人、劇作家ですから、残した言葉の量も大変なものです。
この本でもいくつか紹介されていますが、私はこれです。

明けない夜もある。(マクベス)

明日学校や会社に行くのがイヤで、夜が永遠に続けばいいのにといつも思っていました。でも、少し意味合いが違いますよね。
これは覚悟を促す言葉で、翻訳家の松岡和子さんは「朝が来なければ、夜は永遠に続くからな」というふうに訳したそうです。著者の頭木さんは、「深い悲しみはいつまでも続くこともあるよ」と、とられてもいいんじゃないかと書いています。どちらにしても辛い状況の言葉です。

マクベスの台詞が2ページにわたり書かれています。マクベスのところに敵軍が攻めてきて自分の命が危ない。たったいま自分の妃が亡くなったという知らせを受けて、独白するシーンです。

明日、また明日、そしてまた明日、
一日一日を、とぼとぼと歩いて行き、
ついには人生最後の瞬間にたどり着く。
昨日という日はすべて、
愚か者たちが塵と化していく
死への道を照らしてきた。
消えろ、消えろ、つかの間の灯火
人生は歩き回る影法師、あわれな役者だ。
舞台の上では大見得をきっても、
出番が終わればそれっきり。

(後略)

これもかなり落ち込みます。この後も長々と台詞を言いながら、最後は「そこに意味などないのだ。」で終わります。王を暗殺して自分が王になったのに、自分の人生大否定です。若いときに蜷川幸雄演出の「マクベス」を観たことがあるのですが、美しい舞台で繰り広げられるマクベスの裏切りのストーリーが哀れで仕方がなかったです。

宮沢賢治の絶望名言もとってもいいです。たくさん紹介されていた中から1つ。

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」カムパネルラがぼんやり云いました。
(銀河鉄道の夜)

「銀河鉄道の夜」はジョバンニと友人のカムパネルラが一緒に銀河鉄道で旅をする話しです。

「ほんとうのさいわい」って「幸い」のことだと思いますが、「本当の」と言われると、簡単に答えられません。カムパネルラも「わからない」って言います。この「絶望名言」では、到達したかと思っても、また迷ってしまう、決して到達出来ない悟りのようなものと書かれています。

朝起きたくないけど、ちゃんと支度をして出かけると、「あぁ、今日も無事に仕事に行ける」と安心します。思いっきりハードルが低いです。この時感じるのは自分が無事に生きて仕事に行けることが「幸い」です。でも、「本当の」がつくと、私も分かりません。これは絶望名言なのかも分かりません。マクベスの独白みたいな「明日、また明日、そしてまた明日、一日一日を、とぼとぼと歩いて行き、」これにそっくりです。

ほかにもたくさんの絶望名言が紹介されています。お二人の会話の中にも絶望名言を見つけることが出来ると思います。また本を読みたくなること間違いなしです。

著者

頭木弘樹
NHK<ラジオ深夜便>制作班
川野一宇
根田知世己

発行

株式会社飛鳥新社

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